心はどこにあるか
Where is the heart?
初期仏教によれば
「命とは感覚があること」
であった
生命は感覚を持った有機体
といってもいい
http://tadnakada.blogspot.jp/2015/05/blog-post_25.html
参考:アルボムッレ・スマナサーラ「怒らないこと2」サンガ新書
感覚とは
外部や内部の刺激(多くは波の形の信号)を
受容器(感覚器官)
が受け取って脳に伝えられ処理し、
内外の世界を知ること
である
外部の世界を感じる感覚はいわゆる五感で、
視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚
であり
受容器は目、耳、舌、鼻、皮膚
である
例えば視覚により
如何に外界を見るかと言えば、
対象からの光情報⇒
目の網膜(視細胞)⇒
脳(一次視覚野→視覚連合野→高次連合野)
以下を参照
「美は脳の中にある」⇒
http://tadnakada.blogspot.jp/2012/10/blog-post_31.html
そして
シュタイナー教育によれば
内部世界を感じる感覚は7つあり
生命感覚(自分の身体の営み、調子を直接体験)
運動感覚(自分自身が動いているか静止しているかの体験)
平衡感覚(耳の中の三半規管の感覚)
熱感覚(皮膚感覚以外の霊的な感覚)
言語感覚(人間や事物に力を及ぼす言葉の感覚)
思考感覚(概念感覚:判断を通さないで事実だと悟れる感覚)
自我感覚(個体感覚:かけがえのない個としての感覚)
があるといわれている
参考:シュタイナーに関する諸テーマ 12感覚論など⇒
http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/usw/steineretc1.html#12感覚論など
心は外的、内的の12の感覚と
様々な体験と
その時の身体の状態
との組み合わせによって生まれて来る
即時的なものと考えられる
http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/diary/201506190000/
だから、心は移ろい易い
こころを生み出す(組み合わせ)作業は
脳の中のニューロン活動である
茂木健一郎「心を生み出す脳のシステム」NHK出版
斉藤露石の書⇒
http://roseki.jp/gallery/roseki.php
では、心はどこにあるのか?
心はからだを含む(取り巻く)周辺にある
のではないか?
参考:心ってどこにあるの?⇒
http://act.o.oo7.jp/muishiki2/1-1.html
http://home.f00.itscom.net/satoshi/page058.html
そして
臨死体験などから
霊魂の存在が考えられ
心は
身体と霊魂をつないでいる
のではないか?
霊魂について(ウイキペディア)⇒
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E9%AD%82#.E9.9C.8A.E9.AD.82.E3.81.A8.E6.AD.BB.E7.94.9F.E8.A6.B3.E3.83.BB.E5.85.A8.E4.BA.BA.E7.9A.84.E5.81.A5.E5.BA.B7
また
心や霊魂については、
人は
言語感覚、思考感覚、自我感覚
でもって感じているのではないだろうか?
cf.心と意識について
心と意識はほぼ同じ概念であるが、
「気づきをもつ心」を意識と表現している
例えば、自己意識:自己に気づいた心
意識がある:気づいている
参考:苧坂直行「心と脳の科学」岩波ジュニア新書
意識はまた心の細部であって
意識、前意識、無意識に分かれている
という考えもある
参考:無意識ってどこにあるの?⇒
http://act.o.oo7.jp/muishiki2/1-2.html
「命とは感覚があること」
であった
生命は感覚を持った有機体
といってもいい
http://tadnakada.blogspot.jp/2015/05/blog-post_25.html
参考:アルボムッレ・スマナサーラ「怒らないこと2」サンガ新書
感覚とは
外部や内部の刺激(多くは波の形の信号)を
受容器(感覚器官)
が受け取って脳に伝えられ処理し、
内外の世界を知ること
である
外部の世界を感じる感覚はいわゆる五感で、
視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚
であり
受容器は目、耳、舌、鼻、皮膚
である
例えば視覚により
如何に外界を見るかと言えば、
対象からの光情報⇒
目の網膜(視細胞)⇒
脳(一次視覚野→視覚連合野→高次連合野)
以下を参照
「美は脳の中にある」⇒
http://tadnakada.blogspot.jp/2012/10/blog-post_31.html
そして
シュタイナー教育によれば
内部世界を感じる感覚は7つあり
生命感覚(自分の身体の営み、調子を直接体験)
運動感覚(自分自身が動いているか静止しているかの体験)
平衡感覚(耳の中の三半規管の感覚)
熱感覚(皮膚感覚以外の霊的な感覚)
言語感覚(人間や事物に力を及ぼす言葉の感覚)
思考感覚(概念感覚:判断を通さないで事実だと悟れる感覚)
自我感覚(個体感覚:かけがえのない個としての感覚)
があるといわれている
参考:シュタイナーに関する諸テーマ 12感覚論など⇒
http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/usw/steineretc1.html#12感覚論など
心は外的、内的の12の感覚と
様々な体験と
その時の身体の状態
との組み合わせによって生まれて来る
即時的なものと考えられる
http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/diary/201506190000/
だから、心は移ろい易い
こころを生み出す(組み合わせ)作業は
脳の中のニューロン活動である
茂木健一郎「心を生み出す脳のシステム」NHK出版
斉藤露石の書⇒
http://roseki.jp/gallery/roseki.php
では、心はどこにあるのか?
心はからだを含む(取り巻く)周辺にある
のではないか?
参考:心ってどこにあるの?⇒
http://act.o.oo7.jp/muishiki2/1-1.html
http://home.f00.itscom.net/satoshi/page058.html
そして
臨死体験などから
霊魂の存在が考えられ
心は
身体と霊魂をつないでいる
のではないか?
霊魂について(ウイキペディア)⇒
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E9%AD%82#.E9.9C.8A.E9.AD.82.E3.81.A8.E6.AD.BB.E7.94.9F.E8.A6.B3.E3.83.BB.E5.85.A8.E4.BA.BA.E7.9A.84.E5.81.A5.E5.BA.B7
また
心や霊魂については、
人は
言語感覚、思考感覚、自我感覚
でもって感じているのではないだろうか?
cf.心と意識について
心と意識はほぼ同じ概念であるが、
「気づきをもつ心」を意識と表現している
例えば、自己意識:自己に気づいた心
意識がある:気づいている
参考:苧坂直行「心と脳の科学」岩波ジュニア新書
意識はまた心の細部であって
意識、前意識、無意識に分かれている
という考えもある
参考:無意識ってどこにあるの?⇒
http://act.o.oo7.jp/muishiki2/1-2.html